定置網漁の特色を活かした、
新しい産業スタイルの
創出を目指す

副漁労長(現場指揮など)

大窪 諒慈

RYOJI OKUBO

2013年10月入社

石川県出身

憧れの離島で得た
給料制の漁師仕事

ここに来るまでは京都の飲食店で働いていました。
当時よく遊びに行った舞鶴で海の魅力にとり憑かれていて、 次第に海の近くで暮らしたいと思うようになっていたんですね。
当時は人と違うことがカッコいいと思っているような年頃だったので「どうせ暮らすなら離島だ!」って。
それで候補地を選んでるなかで、ふと島根県が思い浮かんだんです。
当時、僕にとっての島根は、日本で一番田舎の県というイメージでした(笑)。
人と違うことをするなら、今までの環境とまったく変わってしまうくらいの 田舎(島根)の離島に移住することだろうと思い立って、 ネット検索したら真っ先に海士町がヒットしたんです。

海士町に決めた理由は、やっぱり飯古グループがあったからですね。
せっかく念願の離島で暮らすなら、海に直接関わる仕事として漁師を考えていましたが、 漁師には世襲みたいなイメージがあったので、
移住者の僕には無理かもな…と。 そうしたら、 飯古グループでは会社員として給料制で漁師ができるというじゃないですか。
すぐさま電話して「入れてください!」って感じでしたね。

大窪 諒慈

より良い環境を求めて
試行錯誤する日々

入社当時は今と違って魚もたくさんいたので、ただ網を入れて魚を捕って、 網が壊れたら業者に修理に出して、というような単純作業が成立していたので、 仕事の段取りだけでなく考え方まで人によって本当にバラバラで…。

僕は移住者ということもあってか、そういう問題点を客観的に感じることができたので、 仕事を覚えながらも、まずは効率化することを第一に、いろいろと試行錯誤しながら現場レベルで改善策を提案し続け、 今の職場環境を整えてきたという自負はあります。
最近では魚が減ってきた状況をなんとか乗り越えようと、 定置網の技術を高めていったり、盛漁期(せいぎょき)を見極めたり、他企業との連携を模索してみたりと、 いろいろ頑張っている真っ最中です。

大窪 諒慈
大窪 諒慈

定置網漁と海士町の
発展を支える
新しい力を求めて

最高の状態で
シーズンを迎えるための努力

盛漁期と言うのは、一番魚が捕れる時期のことで、具体的には1月から3月、5月から7月です。
その盛漁期には、漁がない時期の3ヶ月分の水揚げを1週間で捕ってしまうくらい漁獲量が違うので、
その時期をしっかりと見極め、用意することが大事になるんです。
例えば網の管理ですね。網って海に入れたらすぐに汚れて目が詰まってしまうんですよ。
そうすると潮で流されたときにブルーシートのように膨らんで、網の形が維持できなくなってしまうし、
もちろん破けてしまうこともあります。そういう網の交換や修理みたいな作業は、 漁のない時にしっかり自分たちで準備をして漁に備える。それを守り続けることで、 常に最高の状態で盛漁期を迎えることができるんです。

海士町定置網事業

実は使われていない古い漁場があるんですが、今の状況で僕たち社員がそれぞれの生活のリズムを守りながら、 その古い漁場を復活させるためには、あと2~3人の新しい力が必要になってきます。
もしそれが叶って2つの漁場を活用できれば、魚の少なくなった今の環境下でも何とかやっていけるんじゃないかなと。
離島の場合、その日に捕れた魚であっても、どうしても競りに出せるのが翌日になってしまい、
そのせいで本土で捕れた魚より安値になるという不利な条件が常に付きまとうので、漁獲量の確保ってすごく重要なんです。
だから古い漁場を活用して捕れる魚を増やせば、魚の少なくなったこれからも発展していける可能性はあるんです。
漁場が近いぶん鮮度もいいし、一度に多くの魚種が捕れるのも定置網の良さなんですね。
そういった特徴を多方面に活かせるんじゃないかと考えています。
食品加工業など漁業以外の雇用を生み出したり、豊富な魚種が捕れるので、 水族館やダイバーと連携してレジャーや観光業に活かしたり。…
そういえば、メガマウスという幻の巨大魚が網に掛かったことがあって、全国版の情報番組で紹介されたこともありしたね(笑)
まあ、そんな感じでいろいろな産業に発展していける、言わば地方創生のポテンシャルを秘めている産業。
僕らがもっと頑張れば、新しい観光やレジャーに繋げたり加工場を増やしたりとか、 躍進を続けている海士町のさらなる発展を支える存在になれればと。そのためにも新しい力が必要なんです。

大窪 諒慈

「一隅を照らす」それこそが宝、それこそが誇り

僕が考えた手書きのスローガンが事務所に貼ってあるんですが、それには「我々が海士の水産業を支えています。飯古定置は海士の基幹漁業です。新鮮な魚を流通させ海士を離島らしくしているのです。縛ったロープの一つ一つが島の幸せな食卓と結ばれています。」 …とまあ、ちょっとクサいですけど(笑)
そうやって、ただ雇われて仕事するより、それ以上の意識を持って、この島で必要とされているんだと思いながら働けていることを誇りたい。
『一隅を照らす、これ即ち国宝なり*』という仏教の言葉がありますが、その言葉のとおり、一人ひとりの力は小さいかも知れませんが、 その誰もが海士町にとっては大切な存在なんだと、はっきり自覚を持って仕事に打ち込める、素晴らしい場所だと思います。 *「一隅(いちぐう)を照らす、これ則(すなわ)ち国宝なり」 この言葉は比叡山延暦寺で日本天台宗を開かれた最澄上人、後の伝教大師の教えの一つ。

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